灼熱の恒星から放たれた熱波は、たちまちのうちにその惑星を包み込んだ。バリアを突き抜けたその波が細かい粒子たちで構成された流動的な丘を、生命体の分子構造を維持するのが困難なほどの熱量で焼き尽くす。
神がプログラムしたこの環境設定は生命体らにとって、どれほど過酷なものなのかは、全宇宙の生命体分布率を見れば一目瞭然である。
神は、まるで「生命体」が「生存」することが「ほとんど不可能」な状態を創り出し、彼らの狼狽ぶりを楽しむ無邪気で冷酷で残忍な子どもの様である。
その神が微悪の表情で微笑んだ時、乾燥した粒子の丘に微かな振動が伝わった。
”それ” が蠢き始めたのだ。
【hungry!】
大都市が大都市であるために必要不可欠なもの、それは物流を支える交通網である。ネット世界がネット世界であるために必要なものはWeb。つまり蜘蛛の巣のように張り巡らされた情報の交通網である。
では、生命体はどうか?
生命体が生命体であるために必要不可欠なもの、それは各細胞にエネルギーを供給するためのシステム。血管網である。
ではでは、「デジタルバグ」たちが「デジタルバグ」であるために・・・、んー訳わからん。
まあ、とにかく、血管内の糖分の値が減少すると「遊離脂肪酸」が増える。脳がこれをキャッチすると空腹を感じるのだ。
Are you hungry?
yes!I’m hungry!と答えたのはデジタルバグたちである。彼らは雇われた。生きるために。
なぜ、生きるのか?神のプログラム?
そんなことは彼らにとっては知ったこっちゃないのである。彼らはただ腹が減っていた。
彼らが走る動機はただ一つ「hungry」だからである。
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デモレースで優勝したO・イマーテが賞金で豪華な料理を注文し喰らう。それはもう、空腹の度合いが過ぎたのか?凄惨な場面過ぎるので描写はやめておく。とにかく飯を喰らう。2位3位のバルバロッサ、カセッティーも同様である。
一方、下位に甘んじた連中はというと、おこぼれを狙ってイマーテ、バルバロッサ、カセッティーの周りに群がる。はしたないと言うなかれ。その行為は正しい。彼らは生きたいのだ。まだ死にたくはない。その理由はただ一つ。
hungry!
【微笑みの正体】
この世界には、全ての欲求が満たされた状態というものが、果たして存在するのだろうか?想像してもらいたい。そんな状況が考えられるだろうか。我々人類が発展してきた原動力は、果てしない欲求のおかげだともいえるのではないだろうか。
現状に満足してしまえば、それ以上の発展はない。不満こそが発展に繋がる重要なキーワードなのかもしれない。
では、不満とは何であろうか。
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小さな公園。隅っこで子どもがしゃがみ込み地面を見つめる。
アリの行列である。
それは子供の本能を刺激する。彼は落ちていた木の小枝を手に取り、アリの行列を攻撃した。乱れた隊列。それを観察する子ども。
そのうちアリたちは隊列を整え再び行進を始める。
幾度となく続く攻撃。その度に三度四度と隊列を整えるアリたち。彼らにはそうする事しか出来ないのだ。
そのうち攻撃に飽きた子どもは友達の下へと去っていった。その子は何を見て何を感じたのだろうか?
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神が微悪の表情で微笑んだ時、プログラムが書き換えられた。神はバグたちを観察している。
蠢き始めた”それ”は確実にサーキットへと歩を進める。
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一体、神は何を求めているのか?
想像するに、神が置かれた状況というのは、全ての欲求が満たされた状態に限りなく近いはずだ。しかし、神は満足しない。現状に不満を持っているのだ。
不満とは何か?
全ての欲求を満たしても尚、湧き出てくるもの。それは全ての意識の中に存在する「漠然とした飢餓感」なのではないだろうか?
神もまた、ハングリーなのかもしれない。
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そんなことは知ったこっちゃないバグたち。高級料理を食い散らかし、満足げに眠る彼らの表情は、それでいいのだと、何となく思える、そんな素敵な表情であった。
眠りながら放屁するナンジー。あまりの臭さに怒りまくるスペーシー。
これ以上の描写は・・・、うん、やめておく・・・。
【”IT”】
BUG-1 GP を運営する協会事務所ビル前に黒塗りの高級車3台が到着した。車から降り、エントランスホールへ入る数人。香水の香りを漂わせ真っ赤なブランドスーツにハイヒール、そしてサングラス姿の女性が先頭を歩く。横に並ぶはひげ面の黒スーツ姿の男性。彼もまたサングラスをかけている。背後につくのは3名のいかにも弁護士といった格好の男たち。数基ほど設置されているエレベーター前の人だかりを押しのけ、それに乗り込む5名。目指すは最上階近くの会議室。今日そこで理事会が開かれる。
「準備はいいかい?キャシー」
最上階近くでエレベーターを降りたひげ面の男性が赤いスーツの女性に声をかける。
「ええ。全く問題ないわ。いえ、ひとつだけあるわ。あなたの無精ひげよ。ジェフ」
小脇に書類を抱え、小気味よく歩き続けるキャサリンが答えた。
「それなら問題ない。この髭は伸ばし始めてまだ一週間だ。俺の髭伸ばし最高記録は3年だぜ」
「最大の問題はあなたのその思考回路ね。全く理解できないわ」
頭を抱えながら歩くキャサリン。
二人は会議室のドアをノックした。
理事会開始直後にそれは提起された。現理事長の解任動議である。提起したのはジェフだ。狼狽する現理事長と冷静な理事たちが見事なコントラストを描く。動議は議決され、前理事長となった人物は退室した。そして、新理事長に就任したのはキャシーことキャサリンであった。
新理事長は次々とBUG-1 GP 運営に関する新方針を打ち出していった。多少の異議もありはしたが、新理事長はそのすべてを論破した。その様子は神懸かっており、理事たちを震え上がらせた。
「BUG-1 GP アソシエーション〔BGA〕」に独裁者が居座りついた。